石原邸修復工事について。

母の実家の1860年築の古民家。登録有形文化財にしていただいているのだが、前回の復元工事から40年ほど経ち、その当時直さなかったところの修復と消耗部材の交換をしている。
この数年来、おつきあいいただいている名古屋市中川区西日置の魚津社寺工務店。
創業111年。町家大工だった初代は宮大工としても腕と器量を高く評価されるが、彼はそこに安住せず、建築家に更なる教えを請うたそうだ。詳しくはご興味あれば、魚津社寺工務店のウェブサイト(http://www.uotushaji.co.jp/hirokiti.html)をご覧いただきたい。
当時は、建築家という仕事が生まれた頃。長い歴史ある仕事を修めてきた人が、必要とあらば、新しい教えに心を開く。そして、お客様の話をよく聞く。そういう柔軟な姿勢をもって、きちんとした仕事をするという信条を持っておられた人だったようだ。
20年ほど前までは魚津さんのご近所に大工さんや工務店が幾つもあったという。というのも、名古屋城築城のために木材を運ぶのに便利なため、堀川沿いに大工衆が集まったからだそうだ。職人さん方の高齢化、木造の仕事が減ってきたことで、伝統建築を触ることのできる大工衆がどんどん減っている。

そんな中でも、魚津社寺工務店は今も元気だ。江戸時代のような「年季」制度に似た10年という修行期間を現在も設けているそうで、続かない子達もいるが、務めあげて魚津さんの大工衆となる人もいれば、独立して外部の頼める大工衆となっている人びともしっかりとおられる様子。
魚津さんでは、職人さんと設計士さんががっちりと一丸となって伝統的な建物を守る仕事をしている。今の時代、建物を造ったり直したりするスキルだけでは、家主側がそういう伝統的な建築物に住んだり維持していくには全く十分ではないし、そういう家で暮らしたり仕事をしたりする文化は絶えてしまうだろうと想う。

こちらにご縁をいただけて、ほんとうによかった。この人たちの美しさ、気持ちのよさは、初代の柔軟な心でをもって誠実によい仕事をするというスピリットが純粋に受け継がれて来ているからという部分は大きいのだろう。年代もきっと生まれ育ちも違う老若男女が絶妙に働きあっていることは奇跡のようにも映る。
心から信頼し、安心して仕事を任せられる人びとがこの愛知、名古屋にもしっかりと根を下ろし活躍してくれていることはほんとうに嬉しく有り難い。